【幸せの秘訣】効率的な出会いと自然体の意味 |スピリチュアル

幸せの秘訣 効率的な出会いと自然体の意味

スピリチュアルカウンセラーのTomokatsuです。

今回は、私が受け取った幸せになるためのスピリチュアルメッセージを5つご紹介します。

効率よく幸せになる方法、欲望、出会い、自然体で生きることなどを解説してくれたメッセージで、メッセージをくれたのはアセンデッドマスターのキリストです。

幸せに遠慮はいらない

アセンデッドマスター・キリストのスピリチュアルメッセージ

幸せを求めるのは当然です。

幸せを求めることに遠慮する必要はありません。

料理に例えることで、遠慮する必要が無いことが分かるでしょう。

小麦粉を水で溶き、焼くと、薄いパンができあがります。

初めはこの薄いパンで満足できますが、それは永遠に続きません。

薄いパンに何か味を求めるようになるのです。

新たな薄いパンに関するレシピを模索し始めます。

そして、模索した先には、ふっくらとした厚みのあるパンや、パンに合う「つけ添え」を見つけることができるのです。

幸せのレシピを探しなさい。

あなたの幸せは薄いパンのようなものではないはずです。

ふっくらとしたパンのような厚みがあり、出来事という人生のつけ添えにも合う幸せがあるのです。


レシピは模索した先にあります。

少しずつ条件を変え、その結果1つ1つを受け止めて次に活かす。

この繰り返しによって、あなたの幸せの唯一無二のレシピができあがるのです。

効率よく幸せになる方法

アセンデッドマスター・キリストのスピリチュアルメッセージ

あなたは何をするにも目的を持っています。

目的が存在しない状況下では、何もすることができませんし、生きる意味さえ見失ってしまうかもしれません。

今、あなたが生きて私の言葉に耳を傾けているのも、「声を聞きたい」というものや「新たな気づきを受け取りたい」という目的があってこその行動なのです。

では、問いましょう。

今、あなたはどのような目的で『心に不安を創り出すものを取り入れている』のでしょうか?


あなたは取り入れていないと思っているかもしれません。

しかし、誰しも「心に不安を創り出すもの」を取り入れているのです。

酔うための酒の量が人によって違うように不安の量は違いますが、皆間違いなく取り入れています。

それにもしっかりと目的があるのです。

それは「安心するため」です。

ホッと一息つくためには、ホッと一息つける程度の仕事をする必要があります。

幸せと感じるためには、幸せと感じるための不幸を体験する必要があります。

自身が幸せになるための目的を多く抱けば抱くほどに、その幸せを感じるための「心に不安を創り出すもの」を取り入れることになるわけです。

ですから、目的を見定めるのです。

あなたが幸せを感じるために目的を広くするのではなく、しっかりと見定めて目的を1つ掲げるのです。

そうすれば、「心に不安を創り出すもの」の量は今までにないくらい少なく済み、目的が達成されることでしょう。

人と出会い

アセンデッドマスター・キリストのスピリチュアルメッセージ

人は何かを求め続けます。

その求める何かは、自身の欲によって決まります。

欲のない人がいるとするなら、それは何も求めない人を指すのです。

しかし、そのような人は存在するでしょうか?

生きる欲すらも求めないのですから、存在する意味が無くなってしまうのです。

あなたの目の前にいる人々は生きる欲を持ち、更に必ず何かを求め続けているのです。


あなたも間違いなく求め続けています。

求め続けることは「強欲」「傲慢」などというものではありません。

皆と同じように安心して求め続けて良いのです。


あなたの求めに応じる人が現れたら、その欲が皆と調和(Harmony)したことを示します。

応じる人が現れないと感じるなら、あなたの欲を微調整して調和できるように努めます。


そこには希望しかありません。

だから安心して求めて、微調整を行うのです。

他人から得られるものとは

アセンデッドマスター・キリストのスピリチュアルメッセージ

皆さんは、他人に何を求めているのでしょうか?

あなたの目の前にある扉があるとしたら、扉を開けてもらうのでしょうか?

扉を開ける方法を聞くのでしょうか?

あなたの扉の場所を示してもらうのでしょうか?


他人が開ける扉は他人の扉です。

自分の扉は自分で開けるのです。

他人に求めて得られるものは、自分の扉を開けるための方法だけです。

それを利用するかしないかは、あなたが決めなければなりません。

花束

【自然体で生きるの意味】手に入るもの 入らないもの

アセンデッドマスター・キリストのスピリチュアルメッセージ

あなたの身の回りにある自然に目を向けてみます。

アスファルトの隙間から生えている植物でも、木々茂る林でも構いません。

そこで生きている自然は無理をしていないのです。

無理な状況に遭遇することもありますが、遭遇した自然はその場から「去る」ことを選択するでしょう。

つまり、植物は生えないという選択をするということです。


しかしながら、自然は簡単に「去る」選択をしているわけではありません。

先程、目を向けた自然もアスファルトの隙間にある僅かな土と養分によって生える選択をしていますし、林でも無尽に生えているように見えて根や葉を向ける場所を見つけて生える選択をしています。

勝手に生えている、生きているというものはいないのです。


あなたの人生にも自然体を取り入れてみることです。

生きてしまっている感覚から、自ら探して選び出す感覚に考え方を切り替えるのです。


何かを手に入れる場合、あなたの自然体の中で「来ること」として考えてみてください。

それが自分の手元にあることが自然でしょうか?

もし、少しでも不釣り合いなところが感じられたのなら、自然の摂理に従うならば「今は生えない」という選択をすべきです。

そして、不釣り合いな状態を釣り合う状態に変化させる選択をした後、改めて「今こそ生える」という選択をするのです。


何かを手放す場合、あなたの自然体の中で「去ること」として考えてみてください。

それが自分の手元にないことが自然でしょうか?

ここでも不釣り合いを感じたのなら、手放すべきではないと悟ることです。


自然体というものは今入っている力を少しずつ抜いていくことですが、ただ力を抜けばよいというものではありません。

しっかりと考えながら緩めていくのです。

おわりに

ここから再びスピリチュアルカウンセラーのTomokatsuです。

メッセージはいかがでしょうか?

今回のキリストからのメッセージで一つでも良いので引っ掛かるものがあったら、そのメッセージをしっかりと受け入れて実践してみて下さい。

自然体というものは「丁度良い」というところを探す事でもあります。丁度良い所は極端な場所にはありません。がんばり過ぎず、楽過ぎず、程よい疲れと心地良さが共存する場所を探しましょう。