クリスマスはレムリアを模したのか 「集い」と「創造」から解く起源

レムリアとクリスマス

スピリチュアルカウンセラーのTomokatsuです。

クリスマスの本質は「誕生日」ではなく「集い」かもしれません。

今回は、レムリア意識の視点から「集いが生む創造」を手がかりに、クリスマスの起源と現在の姿を読み解きます。

直接の証拠があるわけではありませんが、レムリアの民が大切にしていた感覚は、いまもこの季節の空気の中に残っています。

では、謎解きを始めましょう。

ちなみに、レムリアについての詳しい解説は別の記事にまとめてありますので、こちらでは割愛しています。

レムリアの存在が語るクリスマスの真実

先に結論を少しだけお伝えすると、「クリスマスがレムリア由来」という直接的な証拠はありません

ただし、レムリアが大切にしていた「ある感覚」は、現代のクリスマスの中に驚くほど残っています。
ではまず、アカシックレコードから古代レムリアの民につながって、現代のクリスマスについてお話を聞いてみましょう。

古代レムリアの民からのメッセージ

クリスマスは集いの一つであり、唯一無二のものではありません。
しかしながら、この「集い」こそが大切なものなのです。
人は集い、そこで創造します。
人が繁栄したのは、この創造があらゆる方面で発揮できたからです。
いままでもこれからも、この集いと創造は、止むことはないでしょう。

確かに、この集いが重要になるという話には納得です。
私が過去に生まれたレムリアの世界をチャネリングしたときにも、とても穏やかな集いの風景が見えました。

それぞれに得意なことを提供し合っている風景です。

この風景はアカシックレコードをチャネリングすれば誰でも見ることができます。
もちろん、クリスマスの概念を創出した方も見ることができたでしょう。

クリスマスはどう生まれ、どう変わったか

では、クリスマスについて考察してみましょう。
ここにレムリアを意識した「集い」の鍵があるかもしれません。

クリスマスの起源は何か(祝祭としての始まり)

調べてみると、
クリスマス(Christmas)は、キリスト教でイエス・キリストの「降誕(誕生)」を記念する祝祭として発展していて、最初期のキリスト教では、今のように誕生日を盛大に祝うより、復活(イースター)などが中心だったとされ、のちに降誕を祝う形が整っていったとあります。

宗教が元にあったので、復活祭が中心に置かれていたようですが、どこかのタイミングで降誕祭も祝祭として盛大に行うようになったようです。

Tomokatsuのチャネリングでは…
アセンデッドマスターのキリストと対話すると「復活はしていない(弟が犠牲になった)」「降誕はこの日ではない(暑い日に母から生まれた)」という趣旨の言葉が返ってきます。
※これは史料に基づく話ではなく、チャネリング上の見解です。

なぜ「12月25日」なのか

新約聖書はイエスの誕生日を明示していないため、12月25日が選ばれた理由には諸説あります。
史実として確定していないため、この記事では私が面白いと思ったもの2説を紹介します。

神学的・計算的から定められた説(受胎日から9か月)

古代のキリスト教著述家セクストゥス・ユリウス・アフリカヌスが、受胎を3月25日とみなす考え方に基づき、9か月後の12月25日を誕生日に結びつけたという説があります。

受胎告知日を導き出し、そこからキリストが降誕日(誕生日)につなげたという説は非常に人間的で自然な発想だと思います。

ローマの冬至期の祝祭の影響説

12月下旬のローマにはサトゥルナリア祭(農神祭)などの祝祭があり、さらに当時3つに分裂していたローマ帝国を統一した皇帝アウレリアヌスが274年に「不敗の太陽(Sol Invictus)の誕生祭」を12月25日に置いたとされています。

これを受け、キリスト教側がこの時期の既存祝祭と同時期に祝日を据えた(あるいは影響を受けた)可能性があるとのこと。

個人的にはこの説が有力ではないかと思っています。
なぜかというと、どの時代も政治と宗教は密接に関わっている歴史があり、アカシックレコードを見ても関わっています。

そして何より「集い」の片鱗がこの説にはあります

クリスマスの習慣はいつから

クリスマスの「いま私たちが思い浮かべる要素」は、長い時間をかけて混ざり合いながら出来上がっているようで、とても興味深いです。
起源で述べた通りで最初は「宗教行事」なので格式高く崇高なイメージがありましたが、だんだんと「集い」としての役割が生まれてきます

調べた内容を順にまとめていくと、

宗教行事としてのミサ、降誕劇・降誕場面(ナティビティ)が広まる
   ↓
歌(キャロル)や飾りつけ、贈り物といった要素が各地の民俗習慣・季節行事と結びつく
   ↓
家庭中心・子ども中心の祝祭としての側面が強まり、商業・メディアとも結びついて年末の大イベント化する

日本のクリスマス文化はなぜ独自に進化

調べれば調べるほどに、日本のクリスマスは、宗教行事というより「季節イベント」「恋人・友人と過ごす日」として、集いの要素として広がった面が強い印象があります。

有名なものはたくさんありますが、その中でもKFCをクリスマスに食べる習慣で、1974年のキャンペーンが全国的な定着に寄与したと紹介されていた記事がありました。日本ではターキーではなくチキンという宗教色が全く感じられない、土用の丑の日のような季節イベントになっています。

他にも、クリスマスケーキ、イルミネーション、プレゼント交換と集い要素満載です。

「集い」そして「創造」へ

クリスマスはレムリアを模したものか?」の結論としては、直接的なものはありませんでした。

レムリアは宗教ではなく意識状態なので、当然の結果と言えばそうなのですが、大切なのはレムリアの民が言っていたように「集う」ことです。結果として集うイベントに昇華し、知らず知らずにレムリア状態へ踏み出しています。

人は集い、そこで創造します。

「ただの慣例行事ではないか?」と半信半疑でクリスマスというイベントを振り返れば、創造が創造を生んでいることが分かりました。
その象徴が「クリスマス終了のお知らせ」「クリぼっち」といった、毎年この時期に繰り返し登場するネット上の言い回しです。

集いを逆手に取り、ネットなどで同じ仲間を探す一つの集いがそこに創造されています。

レムリア意識は身近にある

今回の調査・考察で思ったことは、レムリアと意識しなくても、既にその状態であったり、まもなくその状態になるということ。

レムリアの存在が言うように「集う」という行動が必要ではありますが、SNSが発展している昨今では、何をしても行動と言っても過言ではないと思います。

実際にこの記事を読んでいただいている読者の皆さんも、読むという行動によって生まれる「集いの一人」ですし「この話を誰かにしようかな?」と頭の中で考えていることは次の行動のための計画です。

自然な形でレムリア意識になり、そのレムリア意識で行動をしているのです。

ということで、今回の記事はおしまいです。
取り上げて欲しいテーマや記事のご感想などは公式LINEからお送りください。
では、素敵なクリスマスをお過ごしください💕

ハッピークリスマス