
頭の中に糸を垂らし、そのまま下に伸ばしていく。
糸の先には何もついていないが、今必要なものが引っ掛かるというそんな期待をする。
すると今回は「ハサミ」が引っ掛かってきた。
ハサミか…
ハサミを意識すると、点線が見えてくる。
点線をなぞって切っていくことにした。
切り絵。
昔テレビで見た記憶がある。とても素晴らしいものだった。
などと、思い出しながら、不格好に切り抜いている。
1つ切り抜くことができた。
丸にちょこんと棒がついている形、向きを変えてやっとわかる。数字の6を切り抜いたようだ。
隣にも点線があった、これは簡単だった。数字の7。
次は丸が2つくっついた形。数字の8。
6と7と8という数字をハサミで切り抜いた。
次はまた違うものを切ってみようと思った。
夜空を切ってみることにした。
夜空をハサミで切り取ると、その奥に青空があった。
どうやら、反対側の風景が現れるようだ。これは面白い。
太陽を切ると、その奥には月があった。
大木を切ると、奥に細枝の木があった。
色そのものを切ると、奥に反対側の色があらわれた。
反対色というのだろうか、ぜんぜん違う色で、はっきりと分かれていて面白い。
では、赤ちゃんの反対は何なのだろう。好奇心が止まらない。
赤ちゃんはこの地球に生まれた「生」の姿ならば、その反対は「死」だ。
死の姿が反対に現れることになる。
この仮定を確認すべく、赤ちゃんという情景を半分に切ってみる。
その奥にある半分はぼやけていた。
霧のようなぼやけたイメージがそこにあった。
安らかに眠る老人の姿が出るだろうと思っていたがそうではなかった。
この実験は何度か繰り返したが、どれも同じで半分ぼやけている。
はっきりと見えるものはなかった。
なぜだろうか。
そうか。
未来は決まっていないのだ。
赤ちゃんという情景のときには、死に際の姿が未確定なのだと気づいた。これは面白い。
すると、はっきりと奥に現れていた夜空や太陽や大木の情景の奥は何だったのだろうか?
未来を切れば、その奥には過去があった。
あれは、過去の情景だったのだ。
過去に夜から朝になり、太陽が沈み、月が昇り、木は成長する。
この仮定を確認すべく、老人の情景を半分に切ると、赤ちゃんの姿がその奥にあった。
なるほど。
今この瞬間、ものすごい速さで色々な辻褄合わせを繰り返している。
そういえば、
なぜ、ハサミを意識したときに点線が見えたのだろうか?
なぜ、点線に沿って切り抜いたのだろうか?
なぜ、切ったものを数字だと思ったのだろうか?
過去にそういう体験や風景を見たことがあったからだ。
あらゆる情景の奥には反対、対向する何かがあり、その景色は過去の記憶から引き出される。
だから、未来に直結するものは「ある」ということだけは示せるが、はっきりと情景は「決まっていない」から引き出すことはできない。
逆に未来の情景を切れば、過去の情景が容易くあらわれる。
意図すれば、過去のどの情景にも自在に変えられる。
お茶碗にご飯が盛ってある情景を切れば、奥には、空のお茶碗、炊飯器、精米されたお米、黄金色の稲穂の風景など、意図すれば容易に変えられるのだ。
しかし、未来は決まっていない。
切った奥に見えるものが「ぼやけて」見えたら、決まっていない。
地球の未来、決まっていない。
日本の未来、決まっていない。
人の未来、決まっていない。
どの未来も、ぼやけている。
この結果には、安心する反面、少し残念な気持ちもある。
これもまた、安心の情景を切った奥の過去の体験がそうさせているのだろう。
いつの間にかハサミは意識から消えて、ぼやけていたことに気がついた。
ハサミもまた、過去の体験から生まれたものなのだ。







