
スピリチュアルカウンセラーのTomokatsuです。
「シュメール人って、そんなにすごいの?」
人類最古の文明と呼ばれるけれど、どこが特別なのか、最初は少しピンとこないかもしれません。
確かに彼らは都市をつくり、文字を刻み、灌漑を行い、神殿を建て、法や交易の仕組みを整えました。歴史の教科書には「文明の礎を最初にそろえた人々」と書かれることが多いです。でも、それだけなら「時間と労力をかければ、他の地域でもできたのでは?」と思えてきます。
シュメール人が成し遂げたこと
シュメール文明の特徴的な功績を挙げると、次のようなものがあります。
- 都市国家の誕生:ウル、ウルク、ラガシュといった大規模都市を形成。
- 楔形文字の使用:世界最古級の文字体系を発明し、記録や行政に利用。
- 法の整備:ウル・ナンム法典など、法体系の萌芽を残した。
- 宗教と建築:ジッグラト(聖塔)を建設し、神々を中心とした社会を築いた。
- 技術革新:車輪の使用、青銅器の発展、灌漑技術による農業の安定。
- 交易と経済:遠方との広域交易を行い、メソポタミアを経済の中心にした。
こうした功績を眺めると「すごい」と思えますが、同時にチャネラーである私はこうも感じます。
これらは決して「シュメール人だけが特別に与えられた知恵」ではなく、人類全体が持っていた可能性が、この時代・この場所で一気に花開いたのではないでしょうか。
数を使い、秩序を生み出す力は人類に普遍的に備わっていて、ただ文明ごとに芽を出す時期が違っただけ。
その意味でシュメール人は、いち早く「人類の知恵を社会全体に適用した先駆け」であった、と私は考えています。

特に注目すべき「60進法」
その中で、今も私たちの生活に大きく影響を与えているものが「60進法」です。
- 時計:1時間=60分、1分=60秒
- 幾何学:円は360度
- 天文学:天体の運行の基準
これらは、メソポタミアで発展した60進法に由来すると考えられています。現存する粘土板の記録からも、シュメール期にその基礎が使われていたことが確認できます。
では、なぜ「60」だったのでしょうか?
- 社会秩序との連動:時間や暦を決める権限は王や神官にあり、60進法は「神聖な秩序」として統治に利用されたと考えられる。
- 割りやすさ:60は多くの数で割り切れる。分配や計算に便利。
- 文化的背景:10進法(指)+12進法(指の関節)を組み合わせると60が自然に出てくる。
- 天体との調和:1年を約360日と観測し、円を360度に区切る考え方と結びついた。
こうして見てみると、「60」という数は単なる便利さの産物ではなく、人間社会の秩序を映す「象徴的な数」として扱われていたように思えます。それはまさに、当時の人類にとって大発見だったでしょう。
昼と夜、季節の移ろい、星の運行、当時把握できるさまざまな自然の変化を予測するために、彼らは周期やリズムを数字に落とし込みました。そして人々が同じ時間を共有することで、社会はひとつのまとまりとして動き出したのです。
つまり60進法は、数の発明というよりも、人間が宇宙の調和を「社会の秩序」に翻訳した最初の大きな試みだったのではないでしょうか。
その試みの余韻は、今も私たちの時計やカレンダーに息づいています。
シュメールだけの特別さ?
他の文明における数について調べると、面白いことが分かりました。
- エジプトは星の観測から1日を24時間に分けた。
- 中国は十干と十二支を組み合わせて60日周期を生み出した。
- マヤは20進法で複雑な暦を運用した。
- インカは縄の結び「キープ」で十進の行政記録を管理した。
つまり「数を秩序として使う」発想は人類共通の必然だったと解釈できます。
エジプト、中国、マヤ、インカそれぞれの文明も「数を秩序として使う」発想にたどり着いていました。
ただし、その芽が出るタイミングや、どこまで体系化されるかは文明ごとに異なります。
それはまるで、子どもが言葉を話し始める時期に個人差があるように、数や時間を秩序に組み込む「閃き」の瞬間も人類全体の必然でありながら、場所と時代によってずれて現れる。
シュメールの特別さとは、他の文明より先にその扉を開け、その後の歴史に強い伝承ルートを残した、という点にあるのではないでしょうか。

今も生きるシュメールの知恵
結局のところ、シュメール人がすごいのは、「数を秩序として社会に適用した最初の人々」と考えられ、その知恵が現代の日常にまで息づいていることです。
時計を見て「あと5分」と思うたびに、数千年前の彼らの発想に触れている。
そう思うと、古代のロマンとエネルギーが今に重なります。
けれど本当に驚かされるのは、人類という存在そのものの進化の素晴らしさです。
数や時間をただ便利に使うだけでなく、社会全体の秩序や宇宙のリズムにまでつなげてしまう人間の知恵。
シュメールはその先駆けでしたが、この流れは人類全体に備わっていた可能性の芽が、時代ごとに開花していくプロセスの一部だったのだと思います。







