善行の為に過剰な行は不必要:空海 | スピリチュアルブログ

スピリチュアル・チャネリングメッセージ「善い行いを求め続けた旅」

アセンデッドマスター・空海

アセンデッドマスター・空海

善い行い、つまり善行とは何か?
一つに、衆生が喜び感謝すること。
一つに、拙僧が喜び感謝すること。

この両説が同時に喜び感謝することを善行と言い、行脚の末に、この境地に達するとしていました。

しかしながら、一度の生生で達するのは善行の一部であり、この繰り返し、生生世世が善行に向かうことが人の道、衆生の道なのです。

この善行の気づきは行脚の時を過ごし続けたことにより得られたものであり、初めからこのことを知っていたのではありません。

人は行によって気づくのです。

自己の時間を設け、自身の行によって、自身の気づきを得るのです。

過剰な行である必要はありません。
寝ることも行、食すことも行、語ることも行であるからです。
既に多くの行の中に生きているのがあなたです。
気づくことも容易いでしょう。

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